日々の事 や 知らせ

表現の先にあるもの

最近は いろんな場所に出向き いろんな人に出会う。
その度小豆島の自分たちの暮らしや家と比較してしまう。
よく言うと 客観的に見ることが出来る。

僕たちはなぜここを選びここに住むのか。
なぜアナログ的な暮らしを進んでするのか。
ふと考え問いかける。

その答えは今はまだすごく抽象的で 伝えることが難しいのだけど
全ては ’暮らしを表現する’ことに繋がる気がする。

表現をする上で大切にしていることが 自分たちの中に太い芯としてあり そこからズレると ん? と立ち止まり考え直す。ソースに還るような感覚なのかな。この記事はそんな感覚で書いています。

料理を表現するのではなく 表現したいことを料理で表現する いわば一つのツールであると言うこと。
同時にそれは ただ料理が出せれば良い。美しくて美味しければ良い。たくさん人が来て繁盛すれば良い。と言う問題ではないと言うこと。

ありとあらゆることの結果が一皿に盛られる料理だと信じています。
自分たちが暮らしている環境、生活習慣、貴方に提供するまでの過程や その場が持つエネルギー そこに関わる人 全ての要素が合わさり一つの表現となります。
そこに一切の妥協はないし 妥協するまでもない 自分たちの暮らしからくる表現だから。

ただ今の生活をより良くしようといつも考えていて

今年は目標を掲げました。

・朝の早起き
・朝の体操を生活に取り入れること。
・本を読む時間を増やす。
自分たちは朝に弱いから 朝の時間を有意義にすることが今年の目標!

それからやりたいことは、実験的に特定の食べ物を抜いて生活してみること。体の変化を実験してみたい。

移住して4ヶ月ぐらいだけど 移住前の生活とはまるで違う。
それが心地良く、楽しい。
生活習慣の改善や新たな取り組みは 自分たちの表現の幅を広げてくれる気がします。

まずはやってみます。

ここで暮らし、いろいろな人と関わってゆくことで 表現の先に伝えたいことの正体が紐解かれてゆく気がします。

僕たちがどこかの惑星の戦士で 自分の使命を持って地球に来ていたけどそれを忘れてしまっているとするならば それを今日なんとなく思い出せた気がします。

感覚的 衝動的 直感的であると同時に こういうことを考え込むこともしばしば。

ありがとう 今日の日よ。
よろしく これからの日よ。

みんなで笑い合おう。